ほっちゃん_happyブログ

経験40年以上の現役一級建築士の"happy"提言

恐るべしシルバーパワーの結末

とつぜん自治会長がやってきた。
「実はお宅の庭木が邪魔になるという苦情がありまして」
わたしは驚いて、誰がそんなことを言ったのですかと尋ねると、ある宅配業者だと自治会長は言葉を濁した。

宅配ならしょっちゅうやってくる。
古いけど宅配ボックスも設置している。ある宅配便の人から、「ここには」コレがあるのでとても助かる」と聞いたこともある。だから、宅配便の人に迷惑をかけているとは夢にも思っていなかったのだ。

正直、わたしはショックを受けた。


庭木は確かに伸び放題だった。道路まで遠慮会釈なくはみ出している。だが、車の通行に邪魔になるほどだとは思わなかった。気にはかけていたが、そのうち剪定すればいいやと高をくくっていた節も確かにある。油断というか、甘えである。言い訳すれば、今年はどういうわけか天候とのタイミングが合わなかった。

今日こそやるぞと意気込んでいたら、ふしぎなことに必ず雨になったような気がする。しかし今になって考えてみれば、それはふしぎでもなんでもなく、なんだかんだと先延ばししてきた結果にすぎない。

作業前の状態

住人が居なくなって廃屋になり、近隣住民に迷惑をかけているケースが全国あちこちで問題になっている。我が家はまだ廃屋にこそなっていないが、近隣住民にイヤな思いをさせていたのかもしれないと思うと、言葉を失う。うすうす、それに気づいていながら、知らん顔をしとおしてきた自分の厚顔ぶりに冷や汗が滲んだ。

 

自分ではその気がなくても、いつのまにか他人に迷惑をかけているのだ。山の中の一軒家ならいざ知らず、まちなかの住宅は適切な手入れを怠れば、たちまち迷惑の塊になってしまう。築後28年の我が家も、そっちに一歩踏み込んでしまったのかもしれない。

飛躍になるが、我が家の緑は地球温暖化を防ぐためにすこしは役に立っているのではないか? 確かに我が家の緑は近所のどこよりも濃かった。常緑樹でありながら、風の日は落葉をまき散らして道路を汚した。ろくに掃除もしなかったから、余計に目に余ったのだろう。

濃い木陰のせいで部屋のなかはひんやりしていた。そのような気がした。

しかし、わたしのひとりよがりの思いが通用するはずはなかった。

否も応もなかった。なかば強制執行のようなものである。

それから二日後、自治会のボランティアの助けを得て、ぼうぼうに伸びた枝を切ることになった。朝9時。3人のシルバー世代が、チェーンソーやのこぎりなどの道具を携えて我が家にやってきた。大仕事になることを覚悟しているような雰囲気である。わたしは恐縮し、ひたすらサポート役に徹することにした。もしかしたら一日では終わらないかもしれない。イヤな予感がした。

間髪を入れず作業にとりかかる。まず小枝を落としていく。たちまち道路に広げられたブルーシートが小山のようになる。そのボリュームに恐れをなしているわたしをよそに、次々と細い幹が切り倒されていく。それが一段落すると、チェーンソーが太い幹の根元にこれでもかと噛みついていく。けたたましい騒音が鳴り響き、焼けたオイルの匂いがあたり一面に立ちこめた。そのそばを車が恐る恐る通りすぎていく。

とつぜん始まった狂想曲に、ご近所は静まりかえっていた。いや、あまりの騒音に生活の音がかき消されてしまったのだ。わたしは気が気ではなかった。騒音に対する苦情がくるのではないかと思った。

その日は五月だというのに朝からクソ暑い日で、気温はぐんぐん上がっていく。おまけに快晴で、日陰がどんどん狭くなっていく。気がつけば28度。みんな汗だくである。それとなく見てみれば、みなさん70歳以上の風貌である。わたしも含めて平均年齢は70歳をゆうに超えている。その作業ぶりは堂に入っていて、いろんなところで修行を積んでこられたようだった。しかし、本職の植木屋は一人もおらず、玄人はだしの手際の良さで、流れ作業のようにコトが進んでいく。筋金入りのボランティアのパワーは半端ではない。有無を言わせない。

オロオロしているわたしをよそに、作業は4時間で終了した。予定より1時間超過したようだった。切り落とした葉っぱを詰めこんだゴミ袋が30個くらい並んでいた。そのほかに、きれいに切りそろえられた枝や幹がひと山残されていた。

「10年くらいしたら、また芽が出てくるさ」とチェーンソーを片づけながら誰かが言ったが誰も笑いもしなかった。

わたしは礼を述べ、二度とこのようなご迷惑はおかけしません、と平謝り。

恐るべきシルバーパワーが風のようにやってきて、風のように去っていった。

樹木を剥ぎ取られた我が家の一角が、恥ずかしそうだった。
わたしの筋肉痛は、3日すぎても元に戻らなかった。

リフレッシュ記念に、次になにを植えようかとわたしは考え始めていた。

作業後の状態